「──速報です。本日午前七時ごろ、新千歳空港の入り口にトラックが衝突する事故が発生しました。この事故により、十代後半と見られる少年二人が心肺停止で病院に運ばれ、死亡が確認されました。また事故当時、トラックの運転席には誰も乗っていなかったと見られ、近くに運転手の姿もなかったとのことです。警察は被害者の身元の確認を進めるとともに、事故と事件の両方の可能性を視野に入れ、発生原因を調査しています」
◇
地方局の朝のニュース番組にて、その一報はもたらされた。普段ならば事故の原因が不明かつ死亡者を伴うものであっても、事故が起きた地域から外へ広がることもなく終わっていくというのに、この速報だけは瞬く間に全国規模のニュースと化し、日本中を大いに震撼させた。
それは、常日頃ニュースなどサッカーに関するものしか見ない糸師凛も例外ではなく。それどころか、凛はほとんど当事者に近い立ち位置でその事件を知ったのである。
「……は?」
「だから、落ち着いて聞いてね。……凛、お兄ちゃんが、冴が、事故で死んだの」
理解の追いつかない頭で、たった一言聞き返した凛に、同じ言葉を繰り返したのは母だった。糸師家の母、糸師凛と糸師冴の生みの親。紛れもなく血に繋がった、肉親。その母の言うことが、凛には理解できなかった。
「なに、言ってんだよ……」
震える声で冗談だろ、と言って母を見ても、母の悲痛な表情は変わらなかった。いつもはふわりと穏やかに笑っている母が、俯きがちに今にも泣き出しそうな顔で椅子に座っている。ダイニングテーブルを挟んで対面に座る凛に、淡々と事実を告げた口は今や一文字に引き結ばれ、異様な無音がリビングにまで広がっていた。
夕刻。夕食時の糸師家にはありえぬ静けさである。普段ならば点いているはずのテレビは沈黙を続けていて。珍しく帰宅が遅くなっている父を不自然に思ったのはつい先ほどの話だというのに、その異様さが今さらになって凛に不安を与えてきた。
「──嘘だ」
「……凛」
「嘘だ。嘘に決まってる!」
気づけば、凛は声を荒げていた。ダイニングテーブルを両手で叩くように立ち上がり、憔悴した母の顔を見下ろして、叫ぶ。
「兄ちゃんがっ……あいつが、死ぬわけない!! そんな、そんなはずないっ! だって……兄ちゃんは、俺のっ、まだ、サッカーは……」
言葉を重ねるほど、何を吐き出したいのかわからなくなった。言いたいことは山程あるというのに、そのすべてが形にならず曖昧な言葉で終わっていく。母の悲痛な顔に耐えきれないとばかりに涙が浮かび、その表情が凛の焦燥を募らせた。
けれども、冷静な部分では母の言葉が真実だと悟っていた。こんなたちの悪い冗談を母が言うはずがない。それに、父の帰宅が遅いのも、きっと兄のことが原因なのだ。
──糸師冴が死んだ。
その事実は、とうとう凛の中に入り込んで、脳を無理やり納得に持っていった。
そんなはずがない。だって『一周目』にそんな出来事はなかった。
そう言いたかったけれども、そんなことを口にできるはずがなかった。凛にとって糸師凛として生きる人生が二度目であるなどと、どうして言えようか。同じ境遇でもなければ誰も信じないようなことを、何も知らない母に言えるわけがない。
へたり込むように椅子に逆戻りして、凛は両手で顔を覆って俯いた。
「まだ、兄ちゃんに勝ててないのに……!」
前髪を握りしめるように顔を覆った手に力が入る。頭皮を引っ張られる痛みが、冴の死が事実だということを伝えてきて、悔しくて堪らなかった。
勝ち逃げされたという気持ちよりも、もっと複雑で苦しい何かが凛の胸を襲う。どうしてというもはや意味を成さない疑問が、脳内をぐるぐる回っていた。
どうしてどうしてどうして。どうして冴が死ぬようなことになる。一周目にそんな出来事はなかったのに。冴が死の危機に瀕することすらなかったはずなのに。あの太々しく忌々しい、憎らしいほどに大好きな兄が、死ぬはずがない。
何度だって凛はそう思ったけれども、母からもたらされた事実は決して変わりはしなかった。
いつまでも顔を上げない凛を心配して抱き締めてくれた母の自分を呼ぶ声も、帰宅した父の暗い表情も、何もかもが冴の死を裏付けるものにしかならなくて。
「ぅ、ああああああ!!」
凛は認めたくない事実をようやく認めて慟哭した。
──程なくして、監獄生たちに青い監獄の休止が通知される。
凛は、冴の葬儀やマスコミの対応などに追われ、その連絡内容を詳しく読むことはせず、時間だけが過ぎていった。時間経過とともに、兄の死を理解していく自分自身に愕然としながら、過ぎ去る時間に慣れていく自分に嫌悪する。だというのに、世間はまるで冴のことなど忘れたように平常に戻っていった。
それさえも酷い吐き気を催したけれども、凛にはどうすることもできず、ようやく再開を連絡してきた青い監獄に逃げるように向かって。
「──なんでっ!」
向けられた視線の異様さと、悲痛な男の声に凛は、明確な回答などできずにただ固まるしかなかった。
「凛、なんでお前が知らないんだ。お前、何してたんだよっ!」
潔世一の声は悲痛さ以上の憤りがあった。八つ当たりだとわかっているような苦しげな顔で、けれども責めずにはいられないとばかりの声。
ふと、凛の脳裏に過る過去のニュース番組。目まぐるしく変わっていく環境に思考の整理が追いつかなかった頃の、どこか暗く感じていた家のリビングにて、淡々と告げるニュースキャスターの言葉とともに画面に表示されたテロップにあった死亡者二人の名前。
一方は言わずもがな、凛の兄である糸師冴。そしてもう一方は。
「……うそ、だ」
──黒名蘭世。青い監獄に参加し、対U-20日本代表戦では控え選手に選ばれていた男。そして、一周目では、潔世一の惑星としてホットラインを築いた、凛もその実力を認めていた将来有望なサッカー選手である。
激情のままに嘆き叫ぶ潔の声も耳に入らず、凛は今度こそ目の前が真っ暗になるような心地で立ち尽くした。
